秋冬号の原稿を入稿しました
身の危険を感じるような、災害級の(この天気予報の脅かし文句も、今年に限っては馬鹿にできない気がします。)暑さですが、皆さまいかがお過ごしでしょうか。
さて、九州文学編集部は秋冬号の原稿を、出版のお世話になっている花乱社さんに昨日入稿しました。
九州文学は年三回発行しております。春号、夏号、秋冬号です。それぞれ、三月一日、七月一日、十一月一日。四カ月おきの発行です。
春夏秋冬の四回発行で季刊とするのが理想ですが、諸般の事情により現在は三回。
毎回、入稿のたびに今回も無事発行できたとホッとします。
同人誌の発行・編集には様々な心配事があります。
今回はそれらの心配事をお話ししてみたいと思います。
まずは、締め切りが近づくたびにひやひやする、「今回は原稿が集まるだろうか?」という心配。
ところがいざ締め切りを過ぎてみると、とても掲載しきれないほどの原稿が。
今度は、「執筆に対する意欲に水を差さないために、寄せられた作品はお待たせすることなく掲載したいが、原稿の量が多すぎて寄せられたすべての作品を掲載できない」という悩みが。
ここで、これまでの掲載の実績や作者本人の事情を鑑み、編集部としては苦渋の選択をすることになります。ありていに申し上げると、毎回掲載している作者には一回待っていただく、数年ぶりに作品を寄せられた作者の作品を優先する、一人の百枚の作品よりは五十枚の二人の作品を優先する、等です。
そうやってなんとか作品を選定するのですが、じつはそれぞれの作品の内容にもひやひやすることがあるのです。
「この作品はあまりにも革新的だが、読者に理解できるだろうか」
あるいは、「自分にはこの良さが理解できないが、それは自分がこの作品の価値を理解できないだけなのでは?」という心配。
編集者としては、あくまで作者ファーストで、ほとんどの場合は後者の立場をとっています。
そして、合評会で作品に寄せられた様々な意見を聞き、「なるほど、この先品にはそういう解釈、そういう価値があったのか」と教えられることも多いのです。
そうやって、作者の個性を尊重しながら表現の範囲を広げていくことも、「表現の実験場、あるいは表現の道場」である同人誌の役割かなと思いながら編集作業を続けているのです。